往壓は暗い夜道を歩いていた。
月も星もでていない道だった。
だが不思議なことに目の前の道だけは白く浮き上がり、往壓はそこを歩いているのだ。
やがて十字路に出た。
左右の道の先は明るく見えるがまっすぐの道は暗闇に続いているようだった。白い道の先が闇の中に消えている。
さて、どっちへ行けばいいのだろう、と往壓は思い、なぜ俺はこんな道を歩いているんだろうと次に思った。だがそれを考えようとすると頭がひどく重くなってしまうのだ。
こういうふうに悩んだときはいつも心安い友人がいて、俺に道を示してくれてたっけな。
往壓がそう思ったとき、背後から声がかけられた。
「まっすぐですよ、ゆきあつさん。まっすぐです」
振り向くと友人がいつもの笑顔で立っていた。往壓はほっとして笑いかけた。
「ああ、おめえ、どこへ行ってたんだい」
「何言ってるんです、ずうっと一緒にいたじやありませんか」
「そうだったかね」
往壓は応えながら、ああ、そうだ、ずっと一緒にいたんだっけと思い返していた。いつもいつもこの友人は迷っている俺を後押ししてくれた。そばにいてついてきてくれたんだ。
「お前―――雨でも降ってたっけかね」
「いいえ」
「だが肩が濡れているぞ」
友人の羽織の肩がぐっしょりと濡れていた。友人は初めてソレに気づいたというような顔をした。
「たいしたこたぁありませんよ、こんなのすぐ乾きます」
友人は往壓の肩に腕を回した。
「いきやしょう」
腕はひんやりと冷たかった。
「おめえ、ずいぶん冷えてるじやねえか」
「大丈夫ですよ、歩いているうちにあたたまります」
「そうかえ」
「なんだったらあんたがあっためてくれてもいいんですよ」
友人のいつもの軽口に往壓は顔を赤らめた。
「まあそいつあ一杯やってからだな」
「ええ、急ぎませんよ」
「それにしても」
往壓は真っ暗な道の先を見た。
「こう暗くっちやあ足元が不安じゃねえか」
「それならいいものがありますよ」
友人は手のひらを差し出した。その上にぽおっと青白い火が灯った。
「おい、おめえ、手の上が燃えているぞ」
「心配いりやせんよ、ゆきあつさん。これはちっとも熱くないんです」
友人の言葉に往壓はその火の上に手をかざした。確かに熱くはない。ほんのりと人肌程度の暖かさだ。
往壓はその火になにか懐かしさを覚えた。
「こいつあ便利なものだな」
「そうでしょう? この火で照らしていきやしょう」
往壓が友人と暗闇の中に一歩踏み出したときだった。
「往壓さん!」