翌朝、元閥は女将に言って、部屋の押入れから布団の類を運び出させた。空っぽになった押入れに往壓が入り、床や天井を調べる。やがて天井の板の一部がはずれ、そこから油紙の塊がでてきた。
幾重にも油紙にくるまれた中からは、すっかりひからびた女の左腕がでてきた。
往壓たちは小笠原に言って、左腕を失った女の殺人について聞いてもらった。すると一年まえに両国の方でおちかという茶屋女が殺された事件が浮かび上がってきた。その女は死んだ後、腕を肩から切り落とされたという。しかし下手人が見つからずお蔵入りになりそうだった。
「たすけ、という男を当たってもらえないか?」
往壓は小笠原に言った。
「女の周囲にそういう名前の男がいるはずだ」
じきに茶屋に足しげく通っていた男の中に太助という大工がいることがわかった。お上の取調べで太助はあっけなく自白した。確かに自分がおちかを殺して腕を切り落としたと。
太助とおちかは惚れあっていたが、おちかは同じ頃大店の隠居に妾になれと迫られていた。
病気の父親を抱えていた彼女は、貧乏大工の太助よりは、隠居の財産に心が移ってしまったのだ。激怒した太助はおちかを殺した………
「腕を切り落としたのは何故です?」
料亭へ連れて行ってもらえなかったとすねていたアビは、太助の行動の不思議さに首をかしげた。
「おちかは腕にいれずみをいれていたのさ。たすけってな。そのいれずみが残ってたら自分に疑いがかかるだろ」
往壓は自分の上腕をなでて見せた。
「刺青を入れるくらい惚れていたのに………最後の最後で恋人を裏切ったんですね」
しょっぱいものを口につっこまれたような顔でアビが呟く。それに元閥はなぐさめるように言った
「まあ、おちかさんにも彼女なりのわけがあったんでしょうよ」
「それにしても切り落とした腕をどうしてその宿に隠したんでしょう?」
アビの問いに往壓は軽く肩をすくめた。
「それが意外と簡単な理由さ」
元閥がそのあとを引き取る。
「小笠原さまからのお話ですがね。太助が言うのは切り落とした腕の処分に困ったそうなんですよ。どこへ捨ててもすぐに見つかる気がして。燃やそうか細切れにしようかとも考えたらしいんですが、自分の名前の名の入った愛しい女の腕でしょう?」
元閥はアビの渋い顔を見てにっこりした。
「それはあまりにもかわいそうに思えたんですって。で、その夜泊まったこの宿の天井に隠したんです。この宿を選んだのは宿の名前がほら」
アビはうなずいた。
「―――ああ、確か「おちか」ですね」
「そう、愛しい女と同じ名前の宿です」
アビは納得がいった、という顔をした。
「しかし、切り落とした腕から下手人の名前がわかるなんて………腕に漢神をつかったんですか?」
「いや」
往壓のそっけない答えにアビは首をひねった。
「え? だっていくら刺青でも、死んで一年もたった腕なんて、肉は崩れて皮膚だってとけてしまってますよ、そうでしょう?」
山で獣の死体を見慣れているアビには、肉の腐敗状態から時間を計るのもお手の物だ。
「そうじゃねえよ」
往壓はにやにやしながら言った。
「腕はしっかりと油紙にくるんであった。一年たてばお前のいうように脂が溶け肉は崩れ、皮膚は腐る。そしてしみだした体液が油紙にじっとりと染みをつくる」
「………ええ」
「油紙に残っていたのさ、―――墨の部分だけ脂がよけて。逆さ文字で たすけ ってな」