往壓と元閥は床を一緒にして攻防を繰り広げたが、やがて酔いもまわって眠ってしまった。
それから何刻か過ぎたことだろうか?
夜中、往壓は誰かが自分の布団の上を叩いていることに気づいた。
(なんだ? 元閥か?)
その感触は最初はぽんぽんと軽く、次第にどんどんと重くなってきた。
(やばいんじゃねえのか? これ………)
しかしどうにも身体が動かない。必死で重いまぶたをこじ開けてみると………
(うわぁ)
髪を振り乱した女が自分の上に乗っているのだった。
女は往壓と目をあわせると、いきなり片腕でぐいぐいと首を絞めてきた。
(げんばつ!)
往壓は横目で元閥を窺ったが、相手は軽いいびきをかいてぐっすり眠っている。
(くそっ)
往壓は左手に意識を集中した。金縛りになったときは小指の一本でも動かせれば身体が動く。今までの経験からそれは知っていた。
しかし女が首を絞める力はものすごく、指を動かす前に死んでしまいそうだ。
(う、う………)
女の身体は透けていたが、よく見るとこしらえは素人ではない。水茶屋あたりで働いているようにも見えた。こんな恐ろしい顔さえしていなければ、馴染みにでもなりたい良い女だ。
(しかしあの世で馴染みってわけにもいくまい)
ようやく小指の先が動き、それと同時に身体の力が戻った。
「どけっ!」
往壓は叫んで左手を女の胸に向かって突き出した。その瞬間、女の姿はかき消すように消えてしまった。
荒い息を吐いて夜具の上に起き上がる往壓に、元閥も気がついて起きてきた。
「どうしたんです?」
「でたよ」
「おやまあ」
元閥は眉をひそめ、急いで行灯の灯りをつけた。そして往壓を見てもう一度「おやまあ」と言った。
往壓の首には指の跡がくっきりとついている。
「えらい目にあいましたね」
「ああ、だが手がかりがあったよ」
「手がかり?」
「この指の跡………どっちの手だ?」
往壓の言葉に元閥は目を細めてじっと赤いあざをみつめた。やがて静かに答えた。
「右手、ですね」
「右手だけだろ?」
「ええ」
「俺の見た幽霊には左腕がなかったんだ」