美しい若い娘ばかり、ここのところ立て続けに死んでいるというので、日が暮れてからでかける女の姿が減った。
「でもおかしいだろ? 死んだのはみんな畳の上だって言うじゃねえか。なんで夕方外へ出るのを怖がるんだ?」
往壓が聞いていたのは糸問屋の娘と、えのき茶屋の手伝いの娘と、神楽坂下の武家の娘が自宅で病死したという話だ。
いずれも評判の小町娘という以外は、素性も住まいもばらばらで、どうつながっているのかわからない。
「それがつながりがあるんですよ」
アビが肉を焼きながら言った。
「三人とも影を失くしているというんです」
「影?」
往壓は足元を見た。黒々とした自分の影が足元に落ちている。
「ええ、その影です。噂だけなので確かじゃありませんが、みな死ぬ前日に影を失くしてそれっきり寝付いて死んでしまうそうです。で、その影を奪う化け物が夕方以降出てきて娘を襲うというので」
「襲われている場所というのはわかるのかい?」
「はい」
アビが往壓に肉を載せた皿をよこした。今の「はい」は肯定の意味なのか皿を取れという意味なのか………と往壓が考えている間に、アビは宰蔵や元閥にも皿を回している。
「食事を終えたら俺たちでその場所へ行きます。妖夷ならば討てとお頭から言われています」
「まあ影を盗むなんてヒトの業ではないでしょうからね」
元閥の色づいた唇の中にあっという間に肉が消えていく。
「影を奪われた娘は死んでしまった。では妖夷はその影をどうするつもりなのだろう?」
「影ねえ」
宰蔵の問いに答えるでもなく、往壓は足で自分の影をつついた。
「こんなもん何の役にたつんだ? 俺なら影なんかじゃなく、中身の娘の方に興味があるがな」
宰蔵がじろりと往壓を睨む。
「影がなにかの役に立つかといわれれば否でしょうねえ。でも光あるところに影がある。ものがあれば必ず影はできる。存在するものと影は必ずひとつなんですよ。そこに何か鍵があるんじゃないでしょうか?」
「へえ、たまには神主らしい、学のあること言うじゃねえか」
往壓が元閥をからかう。元閥はちょっと睨んだだけで何も応えなかった。
(影か………)
アビはぼんやりと往壓を見ながら考える。
お日様みたいな無邪気な笑顔を見せることもあれば、眼の中に影を差して暗くうつむくこともあるこの男。光がさせば影ができる。だとしたら光も影もおなじ分量だと思うのだが、往壓の場合は影のほうが多いようにも思える。それはやはり魂の半分を異界においてきてしまったからだろうか?
異界という光は強すぎて、この世ではすべてが影になってしまうのか。
「アビ?」
往壓が自分を伺っている。唇に笑みを乗せてゆるく首を振って見せれば安心したかのように、にこりと笑った。
今の顔は確かに光だ、と思う。
三人の娘がでかけた、という照雲寺では、影を奪う化け物が出るという噂が立って迷惑しているとの話だった。境内には断じて化け物はおりませぬ、いるとすれば寺の外になります、と言われ、四人は照雲寺付近の地図を睨んだ。
「三人の帰り道を考えればおそらくこの場所」
アビが印をつけたのは片側が田となり、片側が竹林となる小径だった。
「まあ、まさしく化け物がでるにはうってつけだよ」
田と竹林しかない寂しい道だ。若い娘らにはおっかなく、小走りになって駆け抜けたであろう暗い道。
「わしが行ってみよう」
あでやかな女のなりの元閥がしなを作ってみせる。
「女一人の方が出やすかろう」
「だが襲われたのは若い娘で」
言いかけたアビの膝の裏を元閥が蹴る。
「女というなら私が」
宰蔵の言葉に三人が一斉に視線を向けた。
「あー……襲われたのは小町娘、でな」
言いにくそうに往壓が言った。
「なんだ、それは―――!」
じたばたと 騒ぐ宰蔵を押さえつけ、「大丈夫か?」と元閥に視線を向ける。
「一応」
元閥は手の中の短筒を見せた。
「これで倒せればいいが、音を聞いたら駆けつけてくれ」
「わかった」
元閥は提灯を手にした。
三人が見守る中その背中はすぐに闇に溶けた。提灯の明かりだけが道の上をふわふわと進んでいく。
「もうじき竹林の横を通るぞ」
小さな光の点を見ていた三人はその時、闇に響く銃の音を聞いた。
「出たか!」
駆け出す。
地面の上には放り出された提灯が燃え、元閥がうずくまっていた。
「江戸元!」
「………やられた」
往壓が肩を揺すると元閥は青ざめた顔を上げた。
「なにか………もっていかれた」
宰蔵が手にしていた提灯で元閥を照らす。光が当たっているのに、地面には元閥の影は落ちていなかった。
「ほんとに影がないな」
自分の目で見ても信じられない。アビがため息のように呟いた。
「どんな気分だ?」
「なんだか落ち着きませんよ。腰が据わらないって言うか、ふらふらする」
往壓の言葉にそんな風に答える。
「で、どんな化け物だった? どこへ行った?」
「平たい皮のようなヤツで………竹林の中へ」
「わかった」
往壓がアビに向かってうなずく。アビもあごを引いた。
「宰蔵、江戸元を頼む」
「私は―――」
一緒に戦いたいのだ、と言いたげな少女を往壓は大きな手のひらを向けて黙らせた。
「江戸元を放っておけないだろ」
「―――わかった」
往壓は微笑するとすぐに竹林に身を翻した。アビもそのあとに続いた。
「悪いねえ、さいぞう」
元閥が弱々し気な笑みを向ける。
「………大丈夫だ、二人がすぐ影を取り返してくれる」
「あってもどうとは思わないのに、なければないで妙にこころもとないよ」
元閥が提灯の灯りに手をかざす。光は元閥の体を素通りして地面に落ちた。
「まるでここにはいないようだ」
宰蔵は元閥の手を握った。
「元閥はここにいる。ここにいるぞ」