前島聖天に集まって、みんなで干した肉をあぶりながらわいわいとやっていたときのことだ。
一人だけ遅れていた元閥が、小脇に細長い箱を抱えてやってきた。
「よう、元閥」
「先にいただいているぞ」
元閥はにこにことみんなを見回し、手の中の箱を見せた。
「面白いものを手に入れましたよ」
「なんだ?」
元閥が箱を開けると中には一幅の掛け軸が入っている。ひらりとそれを広げると、中には二本の竹が描かれていた。
「なんだ? 妙に寂しい絵だな」
小笠原の言うとおり、竹は二本とも右側に描かれ、左下にはぽっかりと空間がある。
「なんか中途半端」
「手抜き?」
「ずいぶん間の抜けた絵じゃないか」
手厳しいことを言う面々に、元閥はさらに笑みを深くした。
「じつはこれは昔有名な絵描きが描いたものなんですよ」
その言葉に往壓が眉をしかめる。
「なんだ? 左手で描いたとか言うんじゃないだろうな」
「まあ聞いてくださいよ。実はみなさんが間が抜けているとおっしゃるこの絵のここ――元閥はそう言って絵の左下を指差した―――には以前、雀が二羽描かれていたんです」
「雀が?」
「ええ、そりゃあ見事な雀でね。まるで生きているかのようだったんですよ」
他の四人は顔を見合わせ、また絵を見た。
「でも雀なんてどこにも」
「はい、それがこの話の肝でしてね。昔、絵描きがこの掛け軸を売るときに、決して外に向かって開いている部屋には飾らないように、と注文をつけました。
買い手はわけがわからなかったけれど、いいつけを守ってこの絵を飾るときには決して部屋の障子を開けませんでした。
でもその客が亡くなったとき、ある親戚がこの絵をもらって自宅の座敷に飾ったそうなんですが………晴れた日に障子を開けてしまった。
その時庭にはたくさんの雀が来ていてちゅんちゅん遊んでいたらしいんですよ。
その声を聞いていた掛け軸の雀がぶるっと身震いしたかと思うとさっと掛け軸の中から飛んで出て、庭の雀にまざってしまった。持ち主はあわてて捕まえようとしたんですが、立ちあがった途端に雀たちは空の彼方へ」
元閥はさあっと右手で上空に向かって弧を描いて見せた。つられて四人は上を見上げたが雀の姿が見えるわけもない。
「そこで残ったのがこの竹だけが描かれた掛け軸というわけです」
元閥は四人を見回してにっこりした。
「へえ〜」
「ほお」
「ふーん」
「うそだー」
思い思いの声を上げながら、それでもあやしの四人はその掛け軸に見入った。
「そういわれればこの竹は見事なものだな」
往壓はあごに手をやってしたり顔で呟いた。
「そうですね。二本描いてあるだけなのに奥行きを感じます」
アビも腕組みしてうなずく。
「しめった竹やぶの風まで感じそうだな」
小笠原はさすがに言葉を使うのがうまい。
「で、元閥はこの絵をどうするんだ?」
宰蔵の言葉に元閥は小首をかしげた。
「実はそういういわくつきの絵なんで、保管しておくのもなにか気味が悪いのでお焚き上げしてほしいと言われたんですよ」
「え? 焼いてしまうのか?」
「もったいない」
口々に言う仲間たちに元閥は苦笑した。
「でもまあ確かに竹の出来はいいものの、絵としては間の抜けたものですからねえ。飾ることもできないし」
「いや、それなら私にもらえないか?」
そう言ったのは小笠原だ。
「常々私はよい絵を側におきたいと思っていた。この絵は竹だけでもよい風情を感じられるし、それほどの名人の絵ならば、眺めていれば、何か得るものがあるかもしれん」
「ああ、少しは絵が上達するかもな」
往壓の揶揄に小笠原はむうっと唇を尖らせた。
「どうだ? 元閥」
「ええ、いいですよ。どうぞお持ちください」
元閥は気前よく言うとくるくると掛け軸を丸めて箱に収めた。
「うむ、大事にさせてもらう」
小笠原は上機嫌で掛け軸を持って帰った。
しばらくして、元閥の元に小笠原が沈んだ様子でやってきた。手には掛け軸をいれた箱を持っている。
「どうしたんです? 小笠原さま」
「それが………」
小笠原が苦渋に満ちた表情で、箱を開けて掛け軸を広げて見せた。
元閥と、境内で昼寝をしていた往壓がそれを覗き込み、あっと声をあげた。掛け軸の絵が火であぶられたように真っ黒になっていたのだ。
「これは―――いったい………」
「実は」
と小笠原が語ったところによると。
掛け軸を座敷に飾っていた小笠原だが、やはりどうしても左下の空白が気になってしまう。
あそこに本当に雀がいれば絵になるのになあ、という思いが日々募り、ついに自分で描いてみようと筆をとったのだという。
「………筆、を」
「とっちまったのか………」
元閥と往壓は沈痛な面持ちで呟いた。
小笠原はさまざまな雀の絵を集め、何度も下書きをし、練習をして、さて、と掛け軸に描きはじめた。できあがったものは小笠原の腕からすればすばらしいものだった。―――あくまで小笠原の主観だが。
「ああ………っ、描いてしまったんですね」
「うへえ」
元閥は目を伏せ、往壓は天を仰いだ。
小笠原は満足してその絵を飾り、床についた。ところが夜半なにかきな臭い匂いに気づいて飛び起きた。
匂いは絵を飾っていた座敷からする。
「で、飛び込んでみたら掛け軸からぶすぶすと黒い煙が」
「あーそりゃあ………」
「ねえ?」
「なんだ、どういうことだ」
したり顔でうなずきあう元閥と往壓に、小笠原はくってかかった。
「それはあれだ。掛け軸が自殺したんだな」
「じ、自殺?」
「そうですね。世をはかなんで」
「な、なんで絵が世をはかなんで」
往壓はにやにやしながら、
「だってその絵は雀が飛び立つほどの絵描きが描いたもんだぜ。残された竹にだって、選ばれた紙にだって、拵えられた表装にだって相応の誇りはあるだろうが。それをなあ、………だいなしにされて」
さすがに最後の方は声を小さくした。小笠原ががっくりと地面に両手をついたからだ。
「そ、そんな………私の絵は絵を殺してしまうほどの出来だというのか」
「まあまあ小笠原さま。この絵もだいぶ古いものですし、そんなふうな伝説が重なって絵が意志を持ってしまったのだとしたら、これも妖夷の一種ですよ」
「そうそう、妖夷妖夷」
「我らの仕事は妖夷退治。小笠原さまがお一人でこの妖夷を退治したのだと思えば、ね」
「………そ、そうか。そうだな」
元閥の慰めにようやく小笠原は顔を上げた。
「ああ、さすがはお頭だ。筆一本で妖夷を絶望させてしまうなんてすげえよ」
「………う」
「竜導さん」
元閥に柔らかく睨まれ往壓は肩をすくめた。
「この掛け軸は私が預かってちゃんとお焚き上げいたしましょう」
元閥は掛け軸を手にとると丸めて箱にしまった。往壓はぽんぽんと小笠原の背中を叩いた。
「お頭、このさいだ。あんた名前を変えたらどうだい?」
「名前を?」
「そう! 筆殺し放三郎ってね」
「竜導〜〜〜〜っ!」
小笠原が刀に手をかける。往壓は大笑いしながら逃げ出した。
あやしの仕事がなくて暇なときの話である。