真夜中。
どおん! という大きな音が厩を揺すった。まるで蹴られでもしたかのように屋根がぐらぐら揺れる。中で眠っていた馬たちは大騒ぎして悲鳴をあげた。
「なんなんです、豊川の姐さん」
雪輪は戸口に仁王立ちになっている化生に言った。こんな暴挙を施される言われはない。
「あんたをみそこなったよ、雲の字」
豊川狐は口が耳まで裂けた獣の顔で怒鳴った。
「あたしの顔をよくも潰しておくれだね」
「全体、どういうわけですかい」
「言ったよねえ。お袖から預かったあの子供、ちゃんとした人の親に預けてくれって」
「だから。往さんの尽力で神田の小間物屋に」
「なにが神田の小間物屋だい!」
豊川は片腕で厩の壁をどん、と叩いた。また厩が大揺れに揺れる。
「あの赤ん坊は今六本木の薬種問屋玉屋にいるよ。薬の材料としてね」
「………どういうことですかい」
雲七は豊川と一緒に六本木の玉屋まで飛んできた。玉屋の裏口には洒落た身なりの女が待っていた。どことなく顔が豊川と似ている。
「これは玉屋に祀られている稲荷だよ。うちから分祀して玉屋に社を建てたんだ。こいつがあたしに知らせてくれたんだよ」
稲荷は商売の神として商家に祀られることも多い。薬種問屋が稲荷を持っているのは不思議ではなかった。
「竜導のところからもらわれてった赤子は今ここにいる。神田の小間物屋ってのは大嘘さ。あいつらは夫婦のふりして身寄りのない子供を買ったりさらったり、それをまた売って小銭を稼いでいる。玉屋は大のお得意先で、子供を殺してはその首の後ろの肉でもって若返りの薬なんて作っているんだよ」
豊川は吐き捨てるように言った。
「………」
「どう責任とってくれるんだい。あたしはこれでもお袖に約束しちまったんだよ」
「これは―――往壓さんには責任はない」
「おや、そうかえ?」
「あっしがなんとかしましょう。往壓さんには内緒にしといてくだせえ」
雲七は人の姿からケツアルの姿へと変身した。
「子供はどこに?」
分祀された稲荷に聞くと、白い指が大きな蔵を指した。
「ちょいと暴れますよ」
ケツアルは円盤型になると一度空中高く舞い上がり、それから蔵の壁にその身をぶつけた。
突然壁を割って入ってきた金の塊に、中に居た男たちはわっと悲鳴をあげて逃げ惑った。蔵の一隅には頑丈な牢があり、その中に7歳くらいから赤ん坊まで5人の子供がはいっていた。
ケツアルは蔵の中でその身をほどくと、尾の一振りで牢を壊した。
「背中に乗りなさい」
ケツアルは子供たちに語りかけた。
「赤ん坊を抱いて、私の背中にのるんだ」
怯え、固まっていた子供たちはおずおずとケツアルに近づきその背中に乗った。
子供を乗せたケツアルは蔵をぐるりと巡り、男たちを次々と跳ね上げ外へ放り出した。玉屋の主人は頭から地面に落ち、首の骨を折って絶命した。
ケツアルは円盤型となり、子供たちを乗せたまま、夜空へ高く飛び上がった。