「その帯、どうするんです」
「ああ、どうしようかな」
七次と連れ立って帰る道すがら、そんな話をした。
「元閥のところにでも持っていって焚き上げてもらうか」
「そうですね」
「まったく、とんだみやげになっちまったな。悪かったな、七」
「いいんですよ。おかげでこうやってあんたと出かけることもできた」
人気のない道を大きく低い月だけが照らしている。しらじらと白く、地面の石の影すら見える明るい夜だった。
「私やうぐいす主は梅
やがて 身まま気ままになるなれば
サァー 鶯宿梅【おおしゅくばい】じゃないかいな
サァーサ 何でも良いわいな」
さっきの歌の続きを口ずさみながら、往壓が月明かりの下をひょいひょいと踊るような足どりで進む。その後ろを七次はゆっくりとついていった。
「その唄も色っぽくていいんですが、あたしは「お互いに」も好きですね」
「そりゃどんなだっけ」
「お互いに 知れぬが花よ 世間の人にってやつですよ」
「わかんねえな、ちょいと唄っとくれよ」
往壓がねだると七次はたもとをふわりと振って月を仰いだ。
「お互いに 知れぬが花よ 世間の人に
知れりゃ互いの身の詰まり
あくまでお前に情立てて
惚れたが無理かえ しょんがいな」
唄を聞き、往壓はくくっと喉を鳴らした。
「俺とお前の唄みてえだな」
「知れりゃ互いの身の詰まり………小笠原さまにあたしに会うなって言われたんでしょう?」
「どうだっけな」
往壓は七次の肩に腕を回し、柔らかくなれた結城紬に顔を埋めた。
「なあ、その唄教えてくれよ」
「いいですよ」
七次は苦笑して、呟くように謡い出した。
「おたがいに」
「おたがいに」
「しれぬがはなよ せけんのひとに」
「しれぬがはなよ せけんのひとに」
「しれりゃたがいの………」
「みのつまり」
往壓の声は静かに七次の唇に吸われていった。
翌日、往壓が前島聖天に顔を出したのは昼もだいぶ回った後だった。元閥にいきさつを話して帯を見せているところに小笠原が来た。
「なんだ? その帯は」
往壓の手の中にある帯を見て言う。
「ああ? これですか?」
「ほう、博多の献上帯か! なかなか洒落たものだな」
「気に入ったなら………あげましょうか?」
「え? いいのか?」
「ああ、どうせ俺は締めないし」
小笠原は上機嫌で帯を広げた。元閥は扇子の影でこっそりと往壓に囁いた。
「いいんですか?」
「見えない人間には害はないだろ」
「見える人間が見るとすごいものがありますよ」
「俺にもお前にも見えないからいいんじゃねえか」
「そうですけど………ああ、でももしかしたら………」
そこへアビの船で着いたばかりの宰蔵の悲鳴が響いた。
「おっ、おかしら! そ、その帯!」
「ああ、いいだろう? 竜導からもらったんだが」
宰蔵がぎんっ! っと往壓を振り返って睨む。
「………見えたのかな」
「でしょうね」
どかどかと足音荒く宰蔵が向かってくるのに、往壓はやれやれとため息をついた。
絹鳴り、というのは絹の布をこすりあわせると『キュッキュッ』と音がすることを言います。絹の繊維断面の形が三角形に近く、こすり合わせたとき繊維が引っかかりあうためで、凹凸のないナイロン繊維ではこの音はでません。大島紬とか博多帯などを見に行くと、わざわざその音を聞かせてくれたりします。
私はどうも雲七を洒落ものにしたいようです。キャラクターが往壓さんと違って頭も服装もきちんとしてていなせな感じがするからでしょうね。なので着物は結城の紬、羽織は縮緬です。結城紬は昔から栃木・茨城で織られていました。今はかなりデザインもすばらしく、こないだ「きもののやまと」で見たのは紫のグラデーションに花柄絣という凝ったもので、やまとは安い呉服屋の方なんですけど、やっぱり十五万くらいしました。DELのパソコンなら二台買えちゃうよ。でも欲しいなあ。
結城紬、小千谷ちぢみ、博多帯、唄は実在のものですが、白梅香という鬢付油や黒須の草履は嘘です(白梅香というお香や匂油はあるのかもしれません、グーグルで出てきてたから)。また大黒町という地名も降魔神社もありません。降魔はフリマと読んで下さい(笑)。