怪異がどの部屋で起こるのかわからないので五人は別々の部屋に布団を敷いた。宰蔵が怯えるのではないかと往壓は心配したが、少女は「あやかしがでたら捕まえてやる」と新しい武器を広げてみせる。かなり気に入っているようだ。
往壓は12畳もある部屋の真ん中に横になり、天井を見上げた。行灯の灯りは弱く、光はそこまで届かない。四隅から黒々とした影がしみこんでくる。
「陰気な屋敷だね、どうも」
なんとなく気に入らない。横になっていても背中をそくそくと駆け上るものがあって落ち着けなかった。
それでも半刻もすると眠気がやってきて、やがて往壓は夢を見た。
最初に見えたのは手だった。小さなこぶしがせわしなく動いている。
見ているとそのこぶしは壁を叩いているのだということがわかった。
こぶしの下には細い腕がある。細い腕は小さな肩につながっている。肩の上には顔が乗っている。
(子供………?)
往壓は目をこらした。
幼い男の子の顔のようだった。その子は泣いていた。泣きながらなにか叫んでいる………
だしてえ―――
はっと目を覚ました。その悲鳴がすぐそばで聞こえたからだ。
「だして、だしてえ―――!」
往壓は布団をはらって起き上がった。
廊下にでると足音をたててアビが走ってきた。
「今の声は」
「宰蔵さんだ」
二人で宰蔵の寝ている部屋へ走る。
「宰蔵!」
障子を開けると宰蔵が布団の上でうつぶせになってバタバタとあがいていた。
「おい!」
抱き起こすと涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で叫び続ける。
「だしてぇ! だしてぇ!」
「宰蔵、おいっ!」
ガクガクゆすってもラチがあかないので頬を張った。その途端宰蔵は叫ぶのを止め、目を開けた。
「竜導………? アビ?」
二人がなぜここにいるのかわからないという顔だった。
遅れて小笠原と元閥も駆けつけてきた。
「どうしたのだ」
小笠原は少女の横に膝をつき、気づかわし気に覗き込んだ。寝衣の少女はその視線に恥ずかしがって身をよじる。
「なんだ、なんでみんないるんだ」
「お前が叫んでいたんじゃないか」
往壓は呆れて言った。
「わたしが?」
「そうだ。だしてだしてと叫んでいた」
アビも言った。宰蔵は覚えていないらしい。
「ねぼけていたのか」
小笠原がまた配慮にかけるようなことを言う。宰蔵は赤くなって唇をとがらせた。
「だがそれにしては―――」
はっきりとした声だった。
「宰蔵さんは巫女ですからね」
元閥が宰蔵の身体を優しく叩いた。
「あやかしに感応したのかもしれません」
「だして、か」
往壓の呟きにアビが顔をあげた。
「どこかに閉じ込められているとでも?」
「あやかしを飼っていたか、封じていたか」
アビの目つきが険しくなる。山崎屋の事件を思い出したのだろう。
「妖夷を飼う人間がそういるとは思えないが」
往壓がぽん、とアビの胸板を叩くとようやく視線を緩めた。
「アビは宰蔵と一緒にここに居た方がいいだろう」
小笠原が告げるとアビは「いや、しかし」とうろたえた。
「わたしは大丈夫です」
宰蔵もあわてて言う。だが小笠原は首を振った。
「アビと一緒なら安心だ」
小笠原が何を思ってそう言ったのかはわからなかったが、宰蔵もアビも不服そうだった。不服というよりは気まづいのだろう。とりあえずこの二人は奇士の中では年が近い方なのだ。
小笠原のやりように、往壓と元閥はただ肩をすくめた。
「竜導さん」
廊下に出た往壓に元閥が寄ってきた。
「ずいぶん寒くなったと思いませんか」
元閥は袖を胸に抱いた。確かに気温がぐっと低くなってきている。
「私はなんどか経験しましたけどね」
元閥の息が白く見えそうなほど寒い。
「あやかし………というより、幽霊が出るとき気温は下がるものなんですよ」
「幽霊………?」
往壓は笑おうとしたが元閥の顔つきを見て止めた。
「あの声―――」
元閥はいやいやそうに告白した。
「私は耳のすぐそばで聞いたのですよ、宰蔵さんの声ではなく」
「それは―――」
俺も同じだ、往壓はうなずいた。
あの声は宰蔵ではなかった。耳のすぐそばで、もっと幼い声。
「いやですねえ。子供は苦手なんですよ」