濃い蜜のような時間の中で往壓は女の中に何度放ったかわからない。女が腰を動かすたびに信じられないような快感が走り、幾度でも達することができた。
往壓は女の柔らかな体を抱き、掴み、ねじり、ひねった。丸い部分を、とがった部分を、湿った場所を、吸って、噛んで、舐めて、しゃぶって、突いて、引いて、抉って―――あらゆる感覚を試すことができた。
女は精を浴び続け、飲み込むごとに白く輝いていくようだった。
どんよりと澱んだ闇の中で女の白い手足が往壓に絡む。
疲れと睡魔の朦朧とした中で、往壓は自分の体が女の白いからだの中へ埋まっていくように感じていた。
それは怖いことではなかった。
女の胎は温かく、とろりと甘く、どこか懐かしかった。
(このまま………)
女の声が頭の中に響いてくる。
(このままあたしのなかにおはいりよ)
それはひどく魅力的に感じた。
(なあんにも考えなくていい。全部忘れられる)
忘れられる?
(そう、全部忘れてしまえば………全部なかったことにできる)
全部………なかったこと。
(恐怖も憧れもこの年月も)
全部………なかったことに。
(愛も絆も罪も)
罪も。
濁った暖かな乳のような意識の中に、一点、冷たい雫が落ちたような気がした。
「だめだ」
往壓は呟いた。その声が音として耳に入ってきた時、目を開けることができた。
「だめだ、だめだ、だめだだめだだめだ………」
往壓は繰り返す。
愛も、絆も、何よりもその罪を忘れてしまえるわけがない。
開けた視界もまた白い。
体を動かそうとしたが拘束されているかのように腕も足も動かなかった。
「………こ、の、」
左手を開く。熱が集まった。
金色の斧、罪人の首をはねる斧が往壓の中から生み出される。それが体を拘束していたものを断ち切った。
「おまえ」
目の前の女の顔が醜く歪む。
「なぜだ。お前はすべてから逃げたかったんじゃないのか」
往壓は斧を握って立ち上がった。体中に白いべとべとしたものがこびりついている。それは往壓が斧を振るうごとに細い糸となって消えていった。
「逃げたいさ」
往壓は女に斧を突きつけた。
「だけど、逃げないと決めた」
「いまさら」
女が大きく口をあけて笑う。顔に亀裂が入り、上下に裂けた。
「そうだな、今更、だ。よくわかってる」
苫船などどこにもない。ただの野っ原だ。いつの間にか夜になっている。空に雲がものすごい勢いで走り、月の光が射しては消え、消えては射した。
女は地面に腹ばいになった。着物からはみ出した手足は異常に長く、くの字に折れ曲がっている。それを驚くほど早く動かして、女は横へ移動した。丈の高い草がその姿を隠す。
「忘れたくない」
往壓は呟いた。
「それは全部俺のものだ」
しゃあっと耳ざわりな音を吐いて女が草地から飛び上がった。月の光が照らしたそれは丸い胴体と丸い頭部と八本の足を持った、巨大な蜘蛛の姿だった。
往壓は斧を振るった。蜘蛛の足が一本、跳ね飛ばされる。
だが蜘蛛は着地と同時に尻から糸を吐いて往壓の足を捕らえた。往壓はそのまま地面に引きずり倒される。
「あんたは極上の味だったから、長く楽しもうとしたあたしがばかだった」
蜘蛛の頭部に女の顔が浮き出た。八つの丸い目玉が黒く輝いている。
「息の根を止めて、それからゆっくりと吸い出してあげよう」
「冗談じゃねえ」
斧で糸を断ち切ろうとしたがその腕にも糸が吐き出された。手足を封じられ、じりじりと引き寄せられる。
「さあ、もう一度あたしの中へおいで」
「………っ」
往壓が歯噛みしたとき、
「往壓さんっ!」
月の光の中から金色の馬が躍り出た。
「雲七っ!」
馬は鉤爪に変化した足で蜘蛛の糸を断ち切り、その勢いで往壓を跳ね上げ、落下した体を背に受け止めた。
「七っ!」
往壓の声に応え、馬は月を隠すほど高く飛び上がった。往壓の手の中で斧が針に変化する。
「くらえっ」
蜘蛛が八つの目を空中へ向けた時、幾千もの光となった針がその膨れた体を刺し貫いた。