頭上を雲がものすごい勢いで走っている。
珍しく風のある夜で、いつもの暑苦しさもなく、今夜は江戸の民も安らかに眠っていられるだろう。
その風の中を、四人の武士がせかせかとした足取りで進む。屋敷町から大店の並ぶ通りまでくると、しばらくそこで立ち尽くした。どちらへ向かうか決めかねているようだった。
男たちは顔を寄せてひそひそと話した後、西の方角へ歩き出した。
「首なし子の話がはやってからこっち、夜中に歩くやつはそういないからな。やつらも苦労している」
「だがこの先には明け方までやっている飲み屋が何軒かある」
アビが呟いた。
「その酔っ払いが目当てか?」
「そうだな。だがそこまで苦労させるのも気の毒だ。元閥」
「はい?」
「お前さん、ちょいと俺につきあってくんねえか?」
往壓の言葉に元閥はちょっと目を見開いたが、やがて蕩けるように微笑った。
「いいですよ、竜導さんと道行きだなんて光栄です」
「そんな色っぽい話じゃないがな」
往壓は元閥を連れ、別な道から四人の武士の前に回る。残されたアビ、宰蔵、小笠原はそのまま武士たちの後をつけた。
「来たぞ」
山の民のアビは他の人間より目がいい。暗闇の中で武士たちの緊張をみてとった。前方からふらりふらりと二つの影が歩み寄ってくる。
酔っ払いの振りをした往壓と元閥だ。元閥は往壓の腕にしがみつき、きゃあきゃあと歓声をあげる真似までしている。
武士たちはうなずきあい、刀に手をかけて二人の前に立ちはだかった。
「斬られやしないだろうな」
見守っていた宰蔵が囁いた。
「往壓さんの話によればその場では殺さないそうだが………」
それでもアビの投骨を握る腕に力が入る。小笠原もいつでも抜けるよう、刀の鯉口を切っていた。
武士たちに刀を向けられた往壓と元閥は怯え、すくみあがった振りをして、おとなしく彼らに従った。二人を挟むようにして、四人の男たちは元来た道を引き返す。
「竜導の言うとおりの展開ですね」
宰蔵の言葉に小笠原は苦虫を噛み潰した表情でうなずいた。
「本当にあの屋敷が関わっているのか。安達家といえばかなりの名門だぞ」
「どうします?」
「一応北町奉行所に話を通してみる。相手が安達家では動きづいらいだろうが、蛮社改所のいうことなら理屈ではないと思ってくれるかもしれん」
「小笠原はアビと宰蔵に安達家へ向かうよう指示し、自分は北町奉行所へ走った。
(まったく、竜導め。相手が妖夷である方が楽な場合もあるぞ)