「首のない死体がまたでましたよ」
前島聖天に顔を出した往壓に、元閥が告げた。
「ああ、知ってる。千住だろ?」
「雑木林に倒れてたっていうんですけどね」
元閥は紅を引いた唇をきゅっとつりあげると面白そうに言った。
「三日ほど前に行方不明になっていた、根津の薬問屋の若旦那だってことですよ」
「根津? そりゃあまた千住とは離れているな」
「例の噂だと首をとられてからむやみと歩き続けて死ぬ………でしたっけ」
「よせよ、無理やり怪談にすんじゃねえ」
「竜導さんはまだ首のない子がかわいそうだと?」
往壓は朱塗りの高欄に腰をもたせ、水の流れに目をやった。
「人の思いで生まれるあやかしだっているんだ。無責任にそんなかたわもんを作り出してどうする」
元閥はじっと往壓を見つめた。
「なんだよ」
「いえ」
元閥はいつも浮かべている薄い笑みを深くした。
「竜導さんはお優しい」
「馬鹿にされているように聞こえるな」
「気のせいですよ」
元閥は往壓の友人のことを考える。16年前に往壓に殺された男。その後、往壓によって甦えさせられた男。いや、往壓が漢神を使って作り出したのだと言う。
元閥はその七次という男を見ていない。だがその男の魂を解放したとき、往壓がどんなに苦悩して、決意して、七次を消したのかはわかる。七次は実際には消えはせず、雪輪と同一になり今も往壓のそばにはいるが、人として、友人として彼のそばに並び立つことはもうい。
往壓をずっと支えていた男。16年間往壓のために生み出され、往壓のために存在したあやかし。
往壓はもうそんなあやかしを増やしたくはないのだろう。
彼はあやかしが不幸なものだと思っている。形のないものが無理やり形づくられ、そこに在るように命じられたと思っているのだ。
しかしあやかしは本当に不幸だろうか? 雪輪にしてもその中にいる七次にしても、問えば否と答えるのではないか………。
「元閥?」
急に目の前に往壓の顔が突き出された。
「………っ」
ちょっと驚いて元閥は身をのけぞらせた。
「どうした? 急に黙り込んで」
「いえ、ちょっと考え事をね………」
「お前みたいなべっぴんが物思いに浸って憂えてると、どんな男でもなんか勘違いするだろうな」
「ほう、勘違い………。どんな?」
「そうだな、こっちに気があるのかなとか。いや、俺は毛ほども思わねえけど」
「おやおや残念。してくださっても良いのですよ?」
元閥は笑って返し、境内の階段に腰を下ろした。
それにしてもあやかしを一人で作り出す強い思い、そしてその事実を忘れ去る強い意志。
それほど強く人を思ったり思われたりすることができるのだろうか?